約 2,249,620 件
https://w.atwiki.jp/magicman/pages/41135.html
■チャーム・ブロッカー (この呪文を唱えた時、このカードをシールドゾーンに上下逆さまにして置く。相手がマジック・ブレイカーを使った時、それを一度だけ任意のタイミングで無効化してもよい。自分のシールドが1つもなければ、代わりに山札からカードを1枚裏向きにしてシールドゾーンに置く。こうして効果を使ったならば、このカードを山札に加えてシャッフルする。) 作者:餅キング マジック・ブレイカーへの対抗策として制作した能力。ブレイカーがあるならば、ブロッカーがあってもいいだろう。 評価 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2119.html
その日、ラ・ロシェール上空にはアルビオンの艦隊を出迎えるべく、 旗艦『メルカトール』を含むトリステイン艦隊が終結していた。 訪問の目的は、国外から逃亡した反逆者達とウェールズの遺体の引渡し交渉。 それが半ば脅迫じみた要求だという事は、相手の陣容からも一目瞭然であった。 予定の時刻よりも遅れて現れたアルビオン艦隊の威容。 それは数と質、どちらにおいてもトリステイン空軍を圧倒していた。 特に旗艦『レキシントン』の巨体は距離感が狂ってしまったかと錯覚するほどだ。 「戦場では会いたくない相手だな」 「本国の交渉手腕に期待するとしましょう」 ラ・ラメー艦隊司令の言葉に艦長が同意するように呟く。 しかもアニエスという兵士が持ち帰った情報では、 連中の砲の射程は我が軍より数段勝っているという。 見た所、あれだけの巨砲にそれだけの射程距離があるとは到底思えない。 だが、警戒するに越した事はないだろう。 (たかが交渉に赴くのに、こんなにも威勢を張らねばならぬとはな) 彼等の姿を嘲りながらラ・ラメーは礼砲の準備をさせた。 たとえ招かれざる客だとしても相手は国賓なのだ。 船体を揺るがしながら幾度か轟音が響き渡る。 しかし向こうから返ってきたのは返砲ではなかった。 アルビオン艦隊から一斉に砲火が上がり、次々とトリステイン艦艇を沈めていく。 「な……!?」 艦隊司令が困惑の声を上げた直後だった。 飛来してきた砲弾が側面の砲門に命中し誘爆を引き起こす。 上がった火の手は瞬く間に広がり、彼のいる艦橋を炎に包んだ。 「ははははは! 何とも呆気ない! 演習にもならぬわ!」 黒煙を上げながら地上へと消えていく敵艦艇を眺めながら、 アルビオン艦隊総司令官のジョンストンは高らかに笑い声を上げた。 突然の奇襲に抵抗も出来ずに次々と砲火の餌食となっていく。 旗艦も被弾し、統制を失った艦隊はもはや烏合の衆も同然。 もはや敵に成す術はなく勝敗は決していた。 ならば、これは戦いではなく虐殺と呼ぶべきだろう。 「敵は戦意を失っているぞ! 今こそ戦果を上げよ!」 それを嬉々として命令するこの男は正気を失っているのではないか? 『レキシントン』艦長として同席するボーウッドはそう思わずにはいられなかった。 だが、このような恥知らずな作戦を決行するには、こういう人物も必要なのだろう。 目の前の惨状から背を向けるように彼は艦橋を離れた。 そして竜騎士隊に撤退する竜騎士やグリフォンの追撃を命じた。 それはトリステイン王国に連絡が入るのを僅かにでも遅らせる為の処置。 逃げる敵を討つのは騎士道にあるまじき恥ずべき行為だ。 しかし彼はこう思う、最悪の戦争だからこそあらゆる手を尽くして早急に終わらせるべきだと。 敵でも味方でもいい、一人でも多く助かるのなら喜んで鬼となろう。 ……そして、二度とこの悲劇が繰り返されない事を切に願う。 『アルビオン軍、急襲。旗艦艦隊は壊滅』 この報を知らせるべく、伝令に向かったトリステイン竜騎士が背後を見やった。 その目に映るのは、黒煙を上げて沈んでいく自分の母艦の姿。 躊躇いを捨て去るように彼は前へと向き直る。 最後の与えられた任務を果たす事だけを考えなくてはならない。 そう覚悟した直後、彼の両脇から黒い影が走る。 それはアルビオンの旗印を付けた二騎の竜騎士。 連絡線を断つ為に放たれた猟犬。 短い舌打ちと共に彼は振り切ろうと竜を駆る。 だが、それも無駄な抵抗に過ぎない。 練度においてもアルビオン空軍はトリステインを凌駕している。 瞬く間に追いつかれ、息吹の射程内へと捉えられた。 更には前方からも新たな竜騎士達が現れ、こちらに向かって来ている。 もはやこれまでか、と諦めかけた瞬間。 前方から突撃してきた竜騎士達が、擦れ違い様に背後の竜騎士を仕留めた。 旋回して戻ってきた竜騎士に、彼は歓喜を帯びた声で語りかける。 「友軍か!? どこの所属の竜騎士だ? 君達の母艦はまだ健在なのか?」 矢継ぎ早に繰り出される質問に、彼等は何も答えない。 ただ前を指差して急ぎ伝令に向かえとだけ伝える。 困惑する彼の隣で、もう一人の竜騎士がここは任せておけとばかりに胸を叩いた。 二匹の竜が連なるようにその巨体を翻し戦場へと舞い戻っていく。 彼らが一体何者だったのか、彼には知る由もなかった。 だが、これが始祖ブリミルの助けだというのなら応えなければ。 トリステインの為、戦場で散っていった者達の為、 そして自分自身の誇りの為にも……。 「メンヌヴィル殿! ここは危険です、お下がり下さい!」 大気を震わせる轟音に身動ぎもせず、彼は甲板で仁王立ちしていた。 未だ向こうからの反撃はないが、いつ砲火を交える事になるかは分からない。 そうなれば、ここにも砲弾が飛んでくるかもしれないのだ。 注進する船員を無視し、メンヌヴィルは恍惚にも似た表情を浮かべる。 「ああ、とてもいい。人が焼ける臭いだ」 その言葉に、ぞくりと船員の背中が震えた。 船員には砲口から漂う硝煙の臭いしか分からない。 だが、この盲目のメイジは噛み締めるように深呼吸する。 彼等の目の前でまた一つ敵艦が轟沈していく。 その間際、彼等の視線は炎上する甲板へと向けられた。 陽炎かと思われた影は焼け出された人の姿。 舞い踊るみたいに抗い、力尽きて炎の中へと消えていく。 惨状に嘔吐する船員の横で、メンヌヴィルは感動に打ち震える。 「コルベール、お前もどこかでこの光景を眺めているのか。 俺はここにいる。この戦場の篝火の下で、お前を待ち続けている。 ハルケギニア全土が炎に包まれれば、いずれはお前も出てきてくれるだろう。 ……その日が、その日だけが俺の生き甲斐だ」 彼が思い浮かべるのはかつての上官であり、彼が唯一尊敬する人物の姿。 『炎蛇』と呼ばれた彼の魔法は強大で、何よりも美しかった。 一切の躊躇もなく住民ごと村を瞬く間に焼き尽くす炎。 名画を前にした見習いの絵描きがそうなるように、俺はただ立ち尽くすしかなかった。 だが、そんな俺の目の前でコルベールは『観察』していた。 常人であれば地獄絵図と表現するであろう世界。 それをまるでフラスコの中身を覗くかの如く眺めていたのだ。 自分の魔法が及ぼす効果を実際に確かめるだけに。 そこには歓喜も嫌悪もなく、その心は微動だにさえしない。 瞬間、メンヌヴィルの誇りは無残に打ち砕かれた。 自分は生涯この男に勝てないと悟った。 それは炎に全てを捧げた彼にとって死に等しい。 故に挑んだ。敵わぬと知りながらもその背に襲い掛かった。 唯一認めた『炎蛇』の炎に焼かれて朽ちるならば、それも本望だった。 だが生き残った。 戦いに敗れ、両の目は光を失い、死の淵を彷徨いながらも生き延びたのだ。 俺は始祖ブリミルに感謝した、これでもう一度あの男と戦う事が出来ると…。 いつの間にかメンヌヴィルの顔には笑みが浮かんでいた。 まるで見えない誰かに語りかけるように呟く男を前に、 船員はこの船に乗り合わせた不運を呪った。 一方、トリステインの王宮は議論に沸いていた。 アルビオンの要求に応じればトリステインの面目は丸つぶれとなる。 もはや国家としての体面は保てないだろう。 だが今のトリステインに要求を突っ撥ねるだけの力がないのも事実なのだ。 「やはり難民の受け入れを拒否すべきでは?」 「拒否した所で引き渡さねば連中は納得はしまい」 「かといって到底受け入れられる事ではない。 ここは再度ゲルマニアに同盟を申し込むべきだ」 「馬鹿を言うな! 同盟解消を申し出てきたのは向こうだぞ! こちらの弱みを見せれば、いたずらに増長を招くだけだ!」 紛糾しようとも結論は一向に見出されない。 誰もが責任を逃れしか考えていないのに答えが出る筈もない。 いたずらに時間だけが過ぎていく会議を前にアンリエッタが眉を顰める。 その最中、ポツリとリッシュモンが呟いた。 「この状況……まるで二十年前のダングルテールを思い起こしますな」 ただ一言、高等法院長の発言に会議場は静まり返った。 彼の意図を理解出来なかったが故にではない。 逆に、その言葉が何を意味するのかを知っているからだ。 あの時と同様に、無辜の民にあらぬ罪を着せて消し去るしかないのか。 それも已む無しかと思われた瞬間、沈黙を保ち続けていたアンリエッタが口を開いた。 「……恥知らず。それでよくも貴族と名乗れるものです」 静かな口調でありながら、その声には確かな怒りが込められていた。 ざわめく高級貴族達を余所に、公然と侮辱されたリッシュモンが拳を震わせる。 王宮においてマザリーニに並ぶ権威を持った自分が恥知らず呼ばわりされたのだ。 相手が姫殿下でなければ即刻この場で首を刎ねていただろう。 彼にとってはアンリエッタは宮廷を華やかに彩るお飾りに過ぎない。 その程度の人間に貶められた事が何よりも腹立たしかった。 「恐れながら姫殿下。それでは僅かばかりのアルビオンの民の為に、 国民に多大な犠牲を強いる事になっても構わない、とそう仰っておいでか?」 「国は違えど民を容易く切り捨てる主に、誰が付いて来るというのです。 貴方が着ているその服も、口にしている物さえ民がいなければ手に入らないというのに」 「その民が生き残る為の手段なのです! アンリエッタ姫殿下!」 「民ではなく貴方がたが生き残る為にでしょう、違いますか!?」 ダンと力強く両手を叩きつけられた机が弾む。 彼女の言葉を否定できる者はなく、皆一様に視線を背けるばかり。 本当に国の事を考えている者など一人もいない。 「ならば姫殿下御自身はどうなのですか? 命を捨てる事さえ厭わない、その覚悟がおありか?」 失望を浮かべるアンリエッタにリッシュモンが食い下がる。 彼の口元には嘲笑の笑みが浮かんでいた。 所詮は理想を語るだけの小娘だと信じて疑わなかった。 だが、彼女は平然とリッシュモンの問いに答えた。 「当然です」 私の復讐が果たされるのならば。 この身を焦がす憎悪が満たされるのならば。 ウェールズ様を死に追いやった者達が残らず報いを受けるのであれば。 「喜んで私は命を捧げましょう」 胸元で手を組みながらアンリエッタは告げた。 彼女の発言に、会議場に居合わせた誰もが息を呑む。 響いてくる声に入り混じった覚悟は、それが妄言でも虚言でもない事を知らせる。 挑発したリッシュモンでさえ硬直し言葉を失った。 シンと静まり返った会議場に、慌しく伝令が駆け込む。 「伝令! アルビオン軍の奇襲によりトリステイン艦隊は全滅! アルビオン艦隊は領内へと尚も進軍を続けております!」 齎された凶報に貴族達は騒然となった。 誤報ではないかという淡い期待は、 遅れて届いた正式の宣戦布告の前に消し飛んだ。 それでも藁にも縋る思いで何とか講和を見出そうと彼等は議論を交わす。 「そもそもの発端は向こうの誤解でしょう。事を荒立ててはなりません」 「しかし礼砲に対して正当防衛などと言い掛かりも甚だしいのでは」 「だからこそ譲歩を引き出す余地があるかと」 「……………」 「姫殿下、どちらへ行かれるのですか?」 一向に実を結ばぬ議論を無視してアンリエッタは無言で席を立つ。 去り行くその背にリッシュモンが声を投げ掛けた。 内心では、事が運びやすくなるとほくそ笑みながら。 しかし彼女は毅然とした態度で彼等に言い放った。 「決まっているでしょう、私自ら兵を率いて敵を迎え撃ちます。 領地とそこに住まう臣民が侵されているというのに、貴方がたは何も感じないのですか? いいかげん愛想も尽き果てました。議論がお好きならそこで延々と続けていなさい」 「何を馬鹿な事を…!? これはただの事故です! アルビオンとは不可侵条約を結んでいるのですよ!」 「衛兵! 何をしている、姫様をお止めせよ!」 制止の声も振り切って彼女は会議場を飛び出した。 慌てて追い駆けた高級貴族や衛兵達もそれに続く。 そして目の当たりにした光景に思わず息を呑む。 そこにはトリステイン最強と謳われる魔法衛士隊が彼女に傅き、その命を待っていた。 居並ぶ幻獣の迫力に、衛兵達は完全に呑まれて動けなかった。 不気味な沈黙の中、アンリエッタに一人の女性が恭しく報告する。 「既に魔法衛士隊を始めとする各連隊は準備を整えております。 また伝令を送り、各地の義勇兵も終結させております」 「ありがとうアニエス。貴女に任せた甲斐がありました」 「こちらこそ。一介の兵士に過分な御期待を寄せて頂き、感謝の言葉もありません」 アニエスの手から姫殿下直筆の書状が本人に返される。 そこには、火急の時にはアニエスの指示に従うよう書かれていた。 本来ならば、決して平民の兵士如きには許されない。 だがアンリエッタは、自身は手傷を負いながらも避難民を率いてアルビオンから脱出した彼女を深く信頼していた。 一刻も惜しむこの状況で、彼女の用意した保険は有効に働いた。 「では直ちに出陣します!」 「応ッ!!」 姫殿下の檄に、その場に集った兵達が大気を震わせて吼える。 唖然とする貴族達の横を通り抜けてマザリーニも外へと出て行く。 姫様に続き枢機卿まで会議を抜けるなど前代未聞。 声を荒げて大臣の一人が彼を呼び止める。 「待……お待ち下さい枢機卿! まだ会議は続いております!」 「では姫殿下お一人で行かせると? 末代まで笑われたければ、どうぞ我々に構わずお続け下さい」 彼の一言に貴族達が互いの顔を見合わせる。 直後、我先にと彼等は会議場を飛び出し彼女に続く。 自己保身と名誉。どちらに後押しを受けたのかは判らないが、 先程までの意見を覆して彼等もあたふたと準備を整える。 その光景に、マザリーニはやれやれと深い溜息をついた。 「艦隊は……他の艦はどうなった?」 燃え盛る『メルカトール』艦橋の中でうわ言のようにラ・ラメーは呟いた。 彼の腰から下は焼け落ちてきた天井に潰され原形を留めていない。 もはや助かるまいと考えた士官は艦隊は健在だと嘘をつこうとした。 だが真摯な彼の眼を前にして、それは躊躇われた。 「……艦隊はほぼ全滅。この艦を含めて残存艦艇数は十を切りました。 転進した艦も、敵の砲撃からは逃れられず真っ先に……」 「そうか。アニエスと言ったか、彼女の言は正しかったのだな」 騙し討ちの憤りも口惜しさもなく彼は言葉を連ねる。 万全の状態であれば敵わずとも敵に損害を与えられた筈だ。 なのに戦う機会さえも与えらずに一方的に蹂躙される。 積み上げてきた訓練の成果も何も発揮できぬままに散っていく。 それが悔しくて士官は思わず進言した。 「司令! 交戦の許可を! 残った艦だけでも突撃を敢行し奴等に一矢報いるのです!」 だが、彼は静かに首を振った。 虚ろな視線を漂わせながらも彼は明確に拒否を示した。 大量の血液が失われて震える彼の手を強く握り締めながら、 士官は彼に問い返す。 「何故ですか!? このままでは、ただ黙ってやられるのを待つだけです!」 「……敵に交戦の理由を与えてはならない。 我々が反撃すれば敵はそれを口実に領内に踏み込むだろう。 でっち上げの砲撃ではなく正当な防衛としてな」 「ですが!」 「行きたまえ。君が残った者達を指揮して脱出するのだ。 残った艦を全て放棄し、地上へと退避しろ。 ラ・ロシェールは天然の要害だ、そう易々と連中も手は出せまい。 そこで援軍の到着を待つのだ」 命令だ、と付け加えてラ・ラメーは手を振り払った。 看取る者もなく一人寂しく朽ちていく。 そんな彼の最期を想像し士官は居た堪れなくなっていた。 だが、勇気ある決断をした彼を、 何も出来なかった無能として後世の笑い者には出来ない。 零れ落ちそうになる涙を堪えて士官は艦橋を飛び出した。 (……それに私には最後の仕事が残されている) 士官には伝えなかった言葉を心の奥で反芻する。 誰かが王宮の腰抜け達に見せなければ……、 惨めな姿を晒して教えてやらねば分からないだろう。 ―――戦って勝ち得てこそ我々は生き残れるのだと。 彼の目蓋が閉じられていく。 それはラ・ラメー艦隊司令が最後の任務を全うした事を意味していた…。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1904.html
「ここまでだ! 杖を捨てろ!」 狼狽するワルドに尚もアニエスは詰め寄る。 全てを失い、ぽっかりと空いた心の空洞。 復讐を遂げるまで決して埋まるまいと思っていた空白。 いつの間にか、そこには共に過ごしてきたルイズ達の存在があった。 それが彼女をトリステインに繋ぎ止めたのだ。 彼女自身も気付かぬ内に、アニエスは過去の自分を取り戻しつつあった。 憎悪に満ちた復讐者ではなく、軍人としての彼女でもない。 村の仲間達に囲まれて、楽しげに笑う少女としての自分を。 もし仇を討った所で、彼女に残されるのは空虚な日々だけだ。 そこには何も残らない筈だった。 しかし、今は違う。きっと彼女は取り戻せる。 いつか新しい仲間達と笑い合える日が来るだろう。 勿論、ルイズと一緒にだ。 「ワルド子爵! ミス・ヴァリエールを元に戻して貰おう!」 「…それは出来ない。もう手遅れだよ」 「何だと…?」 俯くようにして告げられた言葉に、アニエスが揺れる。 走馬灯の如く、彼女の脳裏をルイズとの思い出が巡った。 本心を隠す自分とは逆に、思った事をそのまま口と表情に出す、 太陽のように明るかった少女の姿。 それがずっと無機質な人形と化したままだというのか。 アニエスの困惑する様子を窺いながら、 まるで過ぎ去った過去を想う様にワルドは続けた。 「彼女に飲ませたのは“虚無”の力を宿した魔法薬だ。 誰がどのような手段を取ろうとも、彼女は決して元には戻らない」 「…嘘だ」 「それが例え僕自身であろうともだ」 「デタラメを言うなァ!」 絶叫と同時に、彼女の銃身が激しく揺らいだ。 心の動揺は直接、筋肉に伝わって照準を乱す。 制御できない身体の作用、その一瞬をワルドは逃さなかった。 アニエスが裏切らなかった理由。 それはアンリエッタやルイズ達に起因する物と、彼は看破していた。 だからこそ事実を知れば必ず動揺する。 ワルドはそう確信していたのだ。 非情に徹せぬアニエスの甘さをせせら笑いながら。 照準が外れた事に気付いた彼女が立て直しを図る。 だが、そうはさせじとワルドが床を蹴って飛び掛かった。 その瞬間、彼は背後へと力強く引き寄せられる。 何事かと振り返る彼の眼に飛び込んできたのは、 自分の外套を掴むウェールズの姿と迫り来る拳だった。 「ワルドォォーーー!!」 雄叫びと共に放たれた一撃を受け、視界に火花が散った。 頬に減り込んだ拳に激しく脳を揺さぶられる。 死に掛けのどこにそんな力が残されていたのか。 殴り飛ばされたワルドが踏鞴を踏む。 しかし堪えきった瞬間、続け様に拳が叩き込まれる。 今度は腹部を貫く打撃に、ワルドの背がくの字に曲がる。 肺から吐き出された空気に呻きが入り混じる。 「アンリエッタを! ミス・ヴァリエールを! 信頼を裏切り利用した貴様だけは決して許さん!」 ワルドは完全に油断し切っていた。 戦場を経験しているとはいえ自分より格下の相手だ。 更には杖を失い、手傷をも負っている。 それが王としての振る舞いも投げ捨てて、 自分に殴り掛かって来るなど予想も出来なったのだ。 だが、彼我の実力差は歴然。 死ぬ前の無駄な抵抗だと判りきっている。 それを証明するように、激しい動きにウェールズの傷口が開く。 「ぐっ……」 苦悶を噛み殺してウェールズは傷口を抑える。 だが手で塞がるような傷ではない。 溢れた血液が指先の合間から流れ落ちていく。 手を当てた場所を中心に赤黒く染まる礼服。 もはや放置しても出血多量で助かるまい。 止めを刺そうと詠唱を始めた直後、 ウェールズは逆に自分の傷口を己の手で押し広げた。 そして噴き上げる血を掬い上げて、ワルドの眼に叩き付ける。 「ぬ…!?」 今度はワルドから苦悶の声が上がった。 視界を奪われたばかりか、異物が眼に入り込む痛みが彼を苦しめる。 だが、それも一瞬の事。すぐさまワルドは体勢を立て直そうとした。 しかし、その機を逃さずウェールズは彼に掴み掛かった。 互いが縺れ合うようにして床へとワルドを押し倒す。 「刺し違えてでも貴様だけは!」 圧し掛かったウェールズの手が杖を抑え、 もう一方の手でワルドの首を締め上げていく。 ワルドは人間の精神力を侮っていた。 それは魔法を使う為の力を意味するのではない。 杖が無くとも常識では計り知れぬ力を発揮するのだ。 ワルドへの怒りが、彼に残された最後の力に火を点した。 そして天の配剤というべきか、倒れた燭台が彼の手元に転がり落ちる。 蝋燭を立てる為の台の先は鋭利に尖り、突き立てれば首をも貫く。 それを手に取り、ウェールズは吼えた。 「貴様の思い通りにはならん! 私は生きてアンリエッタと…!」 「止めろ…止めろォォー!!」 その直前。振り下ろされる筈だった腕が止まった。 何が起きたかも判らずにウェールズが静かに背後へと振り向く。 そして、信じられない物を目にするように彼女を見上げた。 自分の手を掴む人形じみた少女の姿を。 「…ミス・ヴァリエール」 突然現れたルイズに気を取られた一瞬、 ワルドは彼の腕を振り解いて杖を突き上げる。 刹那。ワルドの顔に鮮血が散った。 既に血を流し切っていたのか、返り血は霧のように薄い。 ウェールズの体を貫く杖を押し込みながら彼は謝辞を述べる。 「ありがとうルイズ。やはり僕の味方は君だけだよ」 最後に叫んだ言葉を命令と受け取っただけだが、 ワルドには彼女が自分の意思で助けてくれたように思えたのだ。 「………!」 ウェールズの口が大きく開かれる。 だが悲鳴を上げる力さえ残されていなかったのか、 打ち上げられた魚のように口を開閉するのみ。 それでもワルドを睨む眼は健在だった。 眼を合わせているだけで激しい怨嗟の念が伝わってくる。 それに不快を示しながら、肉を裂きながら杖を下ろしていく。 想像を絶する激痛に、ウェ-ルズの瞳孔と唇が大きく開かれた。 更なる苦痛を与えながらワルドは囁く。 「ウェールズ陛下。陛下のその執念に敬意を表し、良い事を教えてあげましょう。 僕の目的の一つは貴方の死…正確に言えば、その遺体なのです」 「……!?」 憎しみに満ちたウェールズの目に困惑の色が混じる。 自分が死に逝く今、そんな事を明かして何になるというのか。 だが、元より身動き一つ出来ぬ身。 それを理解できぬまま、彼はワルドの言葉に耳を傾けるしかなかった。 「人を操る“虚無”の力、それは何も生者に限った話ではありませぬ」 「!!?」 「お分かり頂けたようですな。 今度は貴方自身が愛しきアンリエッタ姫を傷付けるのだ。 己の意思とは無関係にな!」 ワルドが死の間際に告げたのは呪いだった。 最期まで己を貫き通したなどという誇りは与えない。 その為に、一縷の望みさえない絶望的な未来を告げた。 自分が死して尚も敵に利用されるという事実。 それも愛するアンリエッタを騙す為と知れば、 このまま朽ち果てていく事がどれほど口惜しい事か。 「……ワルドォ…!!」 悲鳴さえ上げなかった喉が声を絞り出す。 掠れきっているにも拘らず、その迫力にワルドは気圧される。 だが、彼へと伸ばされた手は届く事無く宙を掻いて落ちた。 振り絞った力はウェールズの命と共に尽き果てた。 やがて糸が切れた操り人形のように彼の両腕が垂れ下がる。 「貴様ァァー!!」 アニエスの絶叫と銃声が礼拝堂に木霊した。 ウェールズに当たる事を恐れ、彼女はワルドを撃てなかった。 だが彼が殺された以上、引き金を引く事に躊躇はない。 放たれた弾丸はワルドの額めがけて飛んでいき、 当然のように突風によって弾道を捻じ曲げられた。 その直後、放たれた『エア・カッター』が入れ違いに彼女を襲う。 それを受け止めた鉄の銃身が二つに切って落とされる。 役に立たなくなった銃を捨てて、彼女は剣を構えた。 一息で距離を詰め、彼女の目前に迫るワルド。 肩口から切り下ろす『エア・ニードル』の一撃を受け止める。 そこから反撃に転ずるアニエスの剣を背後に飛んで躱す。 既に詠唱は終わっていたのか、着地と同時に『ウインド・ブレイク』が放たれた。 破城槌の如き圧力に、彼女の身体が壁に叩き付けられて沈んだ。 口からは唾に混じって血反吐が吐き出される。 絶え絶えになった意識と呼吸で、彼女は落とした剣へと必死に手を伸ばす。 しかし、その直前で剣をワルドが蹴り飛ばす。 残された最後の武器が床を滑りながら彼女の視界から消えていく。 「……殺せ」 ワルドを見上げながらも蔑むような視線を向ける。 どう足掻こうとも、もはや勝ち目はない。 どの道、ワルドも遅かれ早かれ終わりだ。 敵陣のど真ん中で暗殺を決行したのだ。 騒ぎが起きれば兵士達も気付いて駆けつけて来るだろう。 この城から奴が生きて帰れるとは思えない。 口元に嘲笑を浮かべた瞬間、腿に激痛が走った。 言葉にならない悲鳴がアニエスの口から洩れる。 見下ろす先には、自分の脚を深々と貫く杖の存在。 「殺せ? “殺してください”の間違いだろう」 何の感慨も感じず、ワルドは突き刺さった杖を捻る。 瞬間、巻き込まれた筋肉や腱が鈍い音を立てて引き裂かれていく。 アニエスが耐え切れぬ痛みに再び絶叫を上げる。 それに一切関心を寄せる事無くワルドは続けた。 「とっくに城門は落ちている。今頃、城内は地獄と化しているだろう」 「っ…!?」 「つまり、ここには誰も来ない。少なくとも君の味方はな」 言い終わった直後、血に染まった杖が引き抜かれる。 その苦痛にアニエスが苦悶を浮かべる。 外套で血を拭き取りながら、赤黒く染まった傷跡をワルドが眺める。 そして彼は満足そうに笑った。 醜悪な笑みにワルドの口元が歪む。 「その傷では足も動かせまい。 わざわざ僕の手を汚すまでもない。 下衆な傭兵連中にせいぜい可愛がってもらえ。 存外、下手に抵抗するより生き残れるかも知れんぞ」 「……っ!!」 ワルドの言葉に吐き気を覚えた。 そして反抗さえ出来ない無力な自分にも。 ただ敗れるだけならば、ここまで屈辱を味わわずに済んだ。 しかし、彼はそれを許さなかった。 ウェールズの誇りも魂の安息も、全てを奪った。 “敗れた者は全てを失え”そう言わんばかりに…! 倒れ伏したアニエスが見上げる先には、 始祖ブリミルの姿を模ったステンドグラスが月明かりに輝いていた。 あの日…村が焼かれて以来、彼女は信仰を捨てた。 毎晩祈っていた始祖様は村を包む炎から誰も守ってくれなかった。 だからこそ自分の手で復讐を果たそうとした。 大罪人に下される始祖の天罰などに期待する事もなく。 だけど、もし本当にハルケギニアの大地に貴方様の加護が届くというのなら…。 助けてください。 純真な心を奪われ人形に変えられた友を。 死後も愛しき者を傷付ける為に利用される王を。 城内で抵抗も許されず無残に踏み躙られる者達を。 「は……」 手を合わせて祈りを捧げるアニエス。 それを見てワルドが鼻で笑った。 そんな弱者の祈りなど始祖は聞き届けない。 始祖が力を貸すのは何かを成すべき者にのみだ。 その資格がない者など見向きもされないのだ。 そして、それは僕達をおいて他にない。 「さあ、行こうかルイズ」 彼女の手に肩を回し『フライ』を唱える。 しかし、ふと彼女の視線が自分以外に向けられている事に気付く。 その見上げる先には、始祖の描かれたステンドグラス。 まさか彼女も奇跡が起きると信じている訳ではあるまい。 奇妙な行動に違和感を感じながら立ち去ろうとした瞬間! 甲高い悲鳴を上げてステンドグラスが砕け散った。 雨のように降り注ぐ色取り取りの硝子。 その最中、外套でルイズを庇いながら彼は凝視した。 ステンドグラスを突き破って舞い降りた一匹の蒼い獣の姿を…。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2158.html
「よもやここまでの差が……!」 火竜の背後に食らいついたグリフォンが容易く引き離される。 魔法の詠唱が終わるのを待たず竜騎士の背はその射程より外れていた。 気が付けば背後には逆に自分を追い駆ける複数の敵影。 吐き出された炎の吐息は身を翻す間も与えずに騎士を焼き尽くした。 栄えぬきの魔法衛士隊は決して実力的に劣る物ではない。 しかしグリフォンと火竜の最高速度の差は致命的だった。 相手を追えば逃げられ、逃げれば必ず捉えられる。 思う様に杖を振るう事さえ出来ないまま叩き落されていく。 悪夢ともいえる光景を眺めながらギーシュは言葉を失った。 もし彼らが破れる事があれば火竜の牙はこちらへと向けられるだろう。 頭上から襲い来る炎と魔法を相手に、地上部隊では成す術などない。 ましてや突撃してくる部隊を防ぎながらなど到底無理な話だ。 「どっち見てるんですかい? アンタはこっちでしょうが」 グリッと半ば力づくでニコラがギーシュの首を捻る。 向けられた先に見えるのは大地を弾ませながら迫る敵軍、その先陣に立つ亜人の集団。 各々の手には使い込まれた物であろう黒ずんだ染みを付着させた鋼鉄の鈍器。 人間を叩き潰す為だけに作られたそれは鎧さえも意に介さず諸共に打ち砕く。 加えて人間以上の強靭さを持つ彼等は弾丸が減り込んだぐらいでは止まらない。 正しく狂った獣と化して敵陣へと突き進む狂気の塊なのだ。 地上と空で同時に展開される絶望的な戦況。 だが、それに嘆いていても仕方はない。 ましてやギーシュは全軍を指揮する立場にはない。 戦の成り行きを案ずるより、この持ち場を死守する事を考えなくては……。 「一歩でも退いちまったらそこで終わりですぜ。 連中は凶暴でタフですが忠誠や統率って物がねえ。 ここの通行料が高いと判りゃあ足を止められます」 ニコラの助言を受けながらギーシュは部下に装填の指示を出す。 弾薬を込めて火縄を点して、人よりも二回りは大きい的に狙いを定める。 ギーシュの合図と共に放たれた弾丸が次々と亜人達を穿っていく。 頭蓋や心臓を撃ち抜かれて巨体が次々と崩れ落ちていく。 だが、それでも彼等は止まろうとはしない。 倒れた者や体に空いた銃創には眼もくれず雄叫びを上げて迫る。 それは戦術ですらない獣の本能だったのだろう。 しかし、その効果は戦に慣れぬ義勇兵達には覿面だった。 近付いて来る敵に慌てて込め直そうとして火薬や弾を落す者が続出したのだ。 射撃の訓練も受けていない彼等が取り乱せばこうなるのは判りきっていた。 次射の準備が整わぬ内に、二足歩行の野獣達が迫る。 もはや眼前の敵を駆逐するだけの火力はなかった。 舌打ちをしながらニコラは銃を捨てて剣を抜いた。 乱戦になれば銃よりも役に立つのはこちらだ。 分の悪い賭けに張っちまったと後悔しつつ彼は笑みを浮かべた。 彼にとってはこれは仕事でしかない。 最悪、この混乱に乗じて姿を眩ませるつもりでいた。 隣には同様にして杖を構えるギーシュの姿。 惜しむらくは、この愉快な上官の初陣を勝利で飾れなかった事。 今まで自分の助言を聞いた物好きなど一人もいなかった。 だからこそ僅かな間とはいえ愛着が湧いたのだろう。 もし余裕があれば彼も逃がそうとニコラは心中で決断した。 その刹那、二人の視界から亜人達は消滅した。 同時に巻き起こる夥しい砂煙。 辛うじて窺う事が出来たのは地面から生える亜人の手足。 よく見れば彼等の巨体は地面に埋もれていた。 「ヴェルダンデ!」 咄嗟にギーシュは自分の使い魔の名を呼んだ。 あんな巨大な落とし穴を作る時間も道具もなかった。 唯一それが可能だったのはヴェルダンデだけ。 そして主の呼びかけに応えるように彼は土の中からひょっこりと顔を突き出した。 ここにいる筈がないと思っていた。 臆病なヴェルダンデが戦いに参加するなど予想さえ出来なかった。 だからギーシュは何も命じず単身戦いに臨んだ。 ……しかし彼はここにいる。 ギーシュは最後まで信じ切れなかった。 それはヴェルダンデではなく自分の事だ。 “使い魔は主と似た物が召喚される” その言葉は戦いに脅えるヴェルダンデを見れば一目瞭然だった。 彼の臆病さは自分の心の弱さの表れなのだと。 そして今も自分は戦争を前にして臆している。 だが! 今は違う! この瞬間、ギーシュは心から確信した! 脅えていた過去の自分は通り過ぎた! 自分はヴェルダンデと共に『成長』したのだと! 己の『勇気』を心の底から信じ切れるようになったのだ! この『勇気』が仮初の物でもいい! 今この一時の恐怖を振り払えるならば! 銃を手に取りギーシュが吼えた。 続いてニコラ、遅れるようにして義勇兵達も雄叫びを上げる。 指揮官の鼓舞と亜人の消滅に鉄砲隊も平静を取り戻していた。 それとは裏腹に彼等の咆哮に亜人達は困惑する。 先頭集団が落とし穴に嵌まった事に警戒したのではない。 彼等は自分達を強者と信じて疑わず、人間を狩られる側の存在だと認識している。 ならば、これは何だというのか? 脅え竦むのは自分達で、人間達は威圧するかの如く吼え猛る。 立場をそっくり入れ替えたかのような現実に彼等は戸惑う。 突然叫び声を上げた主人に不安げな視線を向けていたヴェルダンデ。 その彼がふと自分の真上に落ちた影に気付いて振り向く。 驚愕する彼の眼に映されたのは掲げられた巨大な鉄の塊。 半ばほど体を埋められながらも亜人は暴力を振るうのを止めない。 ギーシュに気を取られた彼へと振り下ろされる鉄槌。 瞬間。ヴェルダンデの頭上を掠めるように炎が通過した。 それは背後の亜人へと直撃しその巨体を焼き尽くす。 ヴェルダンデが助かった事を安堵する間もなく、 ギーシュとニコラが炎が来た方向へと銃口を向ける。 今のは火の系統魔法じゃなく間違いなく炎の息吹だった。 となれば近くに火竜がいると示唆しているも同然。 しかし茂みより現れ出でたのは火竜ではなくサラマンダー。 更にその上に乗っているのは見紛う事なき自分の級友。 「キュルケ!?」 「随分ヒドイじゃない。せっかくの援軍に銃を向けるなんて」 何故、彼女がここにいるのか考えるよりも、 ギーシュは真っ先に援軍という言葉に反応を示した。 もしかしてゲルマニアが動き出したのか? それなら軍人の家系であるキュルケが出陣してしてもおかしくない。 思わぬ助けの手にギーシュは沸き立つ。 「それで、その援軍はどこに?」 キュルケの背後の茂みを見渡すようにギーシュが目を配らせる。 せいぜい隠れられても数人程度ぐらいだろう。 それとも離れた場所に待機させているのだろうか? 考えあぐねたギーシュが視線を上げると、 そこにはニコニコとした笑みを浮かべて自分を指差すキュルケの姿があった。 「ここにいるじゃない。それとも私じゃご不満?」 その言葉にギーシュはがっくりと肩を落とす。 たった一人で戦場に来る彼女の度胸よりも、 自分達を助けに来てくれた事への感謝よりも、 ぬか喜びに対する落胆が何よりもギーシュには大きかった。 「……うん、ありがとう。君の助力に心からの感謝を」 「言っておくけどアンタの為じゃないわ」 明らかに絶望的な表情を浮かべながらギーシュは礼を告げた。 その態度に、眉を寄せ額に血管を浮き上がらせながらもキュルケは返す。 彼女の返答でギーシュはようやく気が付いた。 ゲルマニアが参加しないのなら、どうして彼女がいるのか? 理由を訊ね返そうとする彼よりも先にキュルケは答える。 「決まってるでしょ。アルビオンとの戦争なら必ずアイツが出てくるからよ」 髪を掻き揚げながらキュルケは空を見上げた。 そこにはグリフォン隊と空中戦を繰り広げる数多の竜騎士の姿。 彼女の瞳はその中に誰かの姿を投影しているように見えた。 否。誰かなどと考えるまでもない。 ウェールズ陛下を殺しアンリエッタ姫殿下とルイズの期待を裏切り傷付けた非道。 元・魔法衛士隊隊長のワルド子爵、彼以外には有り得ない。 今も尚滾る憤怒の炎を表すみたいに彼女の赤い長髪が風に靡く。 後先の事を考えない我が儘と言ってしまえばそうかもしれない。 本来、家柄や地位の事を考える立場にある人間が私怨で動くのだ。 だけど、彼女は自分の意思でそれを貫き通す。 例え、それで貴族としての権威を失ったとしても躊躇わない。 その有り様は誰よりも自由で誇り高いものだった。 血の気が引きかけていた自分の顔にギーシュは活を入れた。 数などは関係ない、己の意思で戦場へと来た彼女をギーシュは戦友として迎え入れる。 「いや、キュルケが来てくれたなら百人力だ。 まあ、それでもあと九百人ほど足りないんだけどね」 「安心しなさい。援軍は私だけじゃないわよ」 そう言って再び空を見上げる。 今も激戦が繰り広げられるタルブの上空。 その中に紛れて飛ぶ一匹の風竜の姿を確認してキュルケは微笑んだ。 「これで四騎撃墜! さあ、五騎目はどいつだ!?」 流星のように炎に包まれて落ちていくグリフォン。 それを見届けながら竜騎士は気炎を上げる。 目前まで迫った勝利に彼等は酔っていた。 もはや敵と呼ぶには脆く歯応えもない。 まるでゲームの点数を競うかのように敵影を捜し求める。 「……次は貴方の番」 その時、男の背後から冷たい声が響いた。 背後を取られたのに気付き、即座に男は火竜を加速させた。 グリフォンの速度では火竜には追いつけない。 声を掛けず後ろから奇襲すれば倒せたかもしれないのに、 つくづく間抜けな連中だと男はせせら笑った。 引き離した相手を確認しようと振り返った瞬間、 そこにいたのはグリフォンではなく真後ろに食いついた風竜の姿。 間抜けなのは自分の方だったと気付いた直後、 氷の矢に串刺しにされた火竜と共に竜騎士は墜落した。 「まずは一騎」 (きゅいきゅい! まだまだいっぱいいるのね!) 青い髪を揺らしながら冷静に呟くタバサに、 耐えかねたシルフィードが非難じみた警告を発する。 アルビオンで執拗に追い回された記憶はまだ新しい。 しかも戦場を飛び回る火竜の数はあの時よりも遥かに多いのだ。 いつ取り囲まれて嬲り殺しという憂き目にあっても不思議ではない。 そんな中で平然としているタバサに危機感を感じなかったのだから、 シルフィードも文句の一つも言いたくなるという物だろう。 一騎、二騎落とした程度では戦局は覆らない。 如何なる英雄であろうとも一人で戦況を変えるなど不可能。 それでもタバサは決して退かない。 だが彼女の本当の敵はこの程度の相手ではない。 タバサが挑んでいるのはガリアの王ジョゼフなのだ。 それは、たった一人で一国に敵対するに等しい。 この程度の敵に背を向けて復讐が果たせる筈もない。 そして何よりもタバサは証明したかった。 自分に力があれば、あの時の惨劇は防げたと。 今の自分なら守りたい者を守れるのだと。 風竜を駆る少女に撃墜される竜騎士の情けない姿。 それを仲間の竜騎士達は失望混じりに眺める。 油断していたとはいえ竜騎士でもない少女に倒されるなど恥以外の何者でもない。 傷付いた誇りを取り戻さんと彼等はシルフィードへと群がる。 (包囲されるのはマズイ……) 自分が竜騎士隊を引き付ければその分グリフォン隊の負担は減る。 一人で敵を撃退する事は出来なくとも撹乱するぐらいなら可能なのだ。 勝機を見出すまで守勢に徹しようとする考えは間違っていない。 だけどタバサは心のどこかで期待していたのかもしれない。 いつものようにルイズの使い魔が助けに来てくれる事を。 他の人に言ったら笑われるかもしれないけれど、 全員が揃ったなら例えそれが何であろうとも打ち勝てる、そんな気がするのだ。 実力や実績のような言葉では片付けられない『何か』が確かにそこにはあった。 だけど一方では逆にタバサの心を恐怖が蝕む。 それは、この場に彼が現れなければ勝てないのではないかという不安。 どんなに優れた名品も一片が欠け落ちてしまえば意味を失ってしまうように、 “彼”の不在を戦力的な意味以上にタバサは重く受け止めていた……。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2159.html
アンリエッタの本陣に次々と伝えられる戦況。 しかし、その多くはトリステイン側の不利を報せる物でしかない。 増援を求められても本陣を手薄にする訳にもいかず、 王女は報告を聞きながらただ杖を固く握り締めるのみ。 現状では個々人の奮闘に期待するより他にないのだ。 「グリフォン隊から伝令! 味方と思しき風竜の所属確認を求めています! 乗り手は青い髪の少女、服装から魔法学院の学生ではないかとの事」 「…………!」 大空で戦うグリフォン隊からの連絡にルイズの心拍が高まった。 思い当たる人物など一人しかいない。 どうして、そんな事をしているのか、 ガリアの人間であるタバサにとって他国の戦争など無関係の筈。 それなのに戦地へと赴いた理由は一つしかない。 私達を助ける為。 フーケとの戦いでもニューカッスル城でも、 タバサ達は自分の命を省みず私達を助けてくれた。 嬉しさよりも先にルイズは悲しみが込み上げてきた。 仲間に迷惑を掛けまいと一人で飛び出してきたのに、それでも彼女達はやって来る。 困惑するルイズに、更に追い討ちを掛けるように新たな報せが届く。 「報告します! 我が軍の左翼に攻撃が集中しております! このままでは支えきれません! 至急増援を!」 「左翼というと義勇兵で構成された部隊ですな。 外堀からこちらを追い詰めていくつもりでしょう。 やはり一筋縄ではいかぬ相手のようです」 マザリーニの言葉にルイズは唐突に立ち上がった。 その部隊の中には間違いなくギーシュがいる。 このまま見殺しにする事など彼女には出来なかった。 「何処へ行くのですルイズ?」 「誰も行かないのなら私が援軍に行きます!」 「待ちなさい! 一人では危険です!」 アンリエッタの制止を振り切ってルイズは馬に跨り颯爽と駆け出した。 傍にいた重臣や兵達も彼女の行動を止める事は出来ず呆然と見送るだけ。 咄嗟にアンリエッタは声を上げて兵達に出陣を促す。 「誰か彼女の護衛を!」 しかし皆一様に頭を下げて目線を合わそうとはしない。 魔法衛士隊は王女の護衛として傍らに居なければならず、 ましてや保身を第一とする高級貴族が自ら窮地に向かうなど有り得ない。 その情けない姿に苛立ちを覚えるアンリエッタに一人の貴族が名乗りを上げた。 「では私が参りましょう」 「え? ええ、お願いできますか」 「お任せを」 歩み出た貴族の姿を見てアンリエッタは目を疑った。 風評も良くなければ、武勇に秀でているという訳でもない。 その彼が自ら前線に赴くなど彼女には考えられなかった。 だけど藁にも縋る思いでアンリエッタはその貴族を送り出したのだ。 「では頼みます」 「御安心を。彼女とは因縁浅からぬ関係ですので」 鳴り止まぬ銃声と悲鳴。 その最中にあってルイズは急かすように馬を走らせる。 心中に付き纏う不安は決して拭い去る事は出来ない。 思い浮かべるのはギーシュとタバサ、 そして彼等と同様に来ているであろうキュルケの事だ。 ずっと一人でやっていけると思い上がっていた。 いつだって私は誰かに支えられて生きていたのに気付かなかった。 自分に何が出来るのかなんて問題じゃない。 いてもたってもいられずにルイズは行動に移した。 “敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶ” 母親より学んだその言葉の意味をずっと私は勘違いしていた。 伝えたかったのは“背を見せるべき相手の事”だった。 守るべき民、愛する人、深い信頼で結ばれた友、 それに気付かなかった私の背後に誰もいなかった。 だけど今は、まるで私の背を押すように彼女等の事を感じられる。 「よう。嬢ちゃん」 「急いでるから後にして!」 「いや、後回しには出来ねえな」 カチャカチャと鍔を鳴らしながら背負ったデルフが喋る。 だけど、それを制して私は急いだ。 恨み事を言われるのは判っていた。 私はデルフから“彼”を奪い取ったのだ。 剣であるなら戦いを望むのは当然だ。 戦う場さえ与えられなかった屈辱はどれ程の物だろうか。 ましてやデルフの呼び掛けで彼が目覚めるのを恐れて引き離したのだ。 戦いが終わった後ならいくら叱責されようと構わない。 だけどデルフが発したのは怨嗟の声ではなかった。 「もし魔法が飛んできたら俺を使え。 振り回せなくても盾代わりには十分なる」 怨んでいる筈なのに、使い手でもないルイズにデルフは力を貸すと言った。 その言葉の真意を理解できずに問い返す。 「どうして…?」 「相棒がいたなら必ずお前さんを守るだろう? なら俺はお前さんを命懸けで守る。使い手の意思は俺の意思だ。 それに、お前さんがどれだけ思い悩んで決めたかも知ってる」 「……デルフ」 「胸を張れ。お前さんは俺が見込んだ相棒、そいつの認めた主なんだぜ。 きっと相棒だって怨んじゃいないさ」 その一言が気休めだというのは承知していた。 本当の気持ちなんて今もコルベール先生の所で眠る彼以外には判らない。 だけど確かに、その一言にルイズは救われたのだ。 張り詰めていた感情が解けるように彼女の瞳から小さな雫が零れ落ちた。 「何やってるのよ! 話が全然違うじゃない!」 「参ったな…。奴さん等の銃、トリステインの最新式より遥かに高性能だ」 「ちょっと待ってくれ! それじゃあ火縄銃の僕等じゃ全然勝ち目ないじゃないか!?」 真上を掠めていく弾丸をやり過ごしながら塹壕に隠れた三人が騒ぎ立てる。 キュルケの参戦も戦況を変えるには至らなかった。 戦意を失った亜人達の代わりに迫ってきたのはアルビオンの鉄砲隊だった。 『亜人みたいに大きな的ならともかく、 銃ってのはやたらめったら撃っても当たりゃしません。 鼻息が聞き取れる距離まで相手を近づけてからじゃないと』 数と質で劣ってはいても、こちらには塹壕という防壁がある。 ましてや多大な犠牲を覚悟で突撃してくる様子もないとなれば、 時間を稼ぐのは容易いと、そうニコラは判断したのだ。 亜人達との戦いで彼の助言は的確であると感じたギーシュも賛同を示した。 相手に無駄弾を撃たせて再装填の隙を突いて反撃に出る。 その考えは決して間違いではないように思えた。 『ちょっと! 敵が撃ってきたわよ!』 『大丈夫ですよ。この距離じゃあ届きさえ……』 その直後、放たれた弾丸がニコラの頬とキュルケの髪を掠める。 瞬時にして顔面を蒼白に変えた三者は塹壕の中に潜り込んだ。 そして手も足も出せぬまま今もヴェルダンデの様に彼等は身を潜めていた。 靴音を響かせながら突き進むアルビオン鉄砲隊の行進。 距離を詰めながら放たれる弾丸の雨は反撃の暇さえ与えない。 辛うじてフレイムの吐息が敵の侵攻を食い止めているものの、それだっていつまで続くか判らない。 ヴェルダンデの落とし穴も突進してくる相手ならともかく、じりじりと距離を詰めてくる相手には効果も薄い。 かといって塹壕まで接近を許せば嬲り殺しに合うだけだ。 「こうなったら突撃あるのみよ!」 があー、と遂に耐え切れなくなったキュルケが吼える。 ニューカッスル城に潜入した時と同様、隠れ続けるのは彼女の信条に反するのだ。 勇ましく杖を振るい群がる敵兵を薙ぎ倒して血路を開く。 その方がよっぽど自分らしいと納得してキュルケを決断した。 「てい!」 「落ち着くんだ! 今飛び出しても何も解決しない!」 咄嗟に飛び出そうとしたキュルケの足をニコラが掴んで引き倒す。 その上にギーシュが覆い被さり組み伏せる。 街中だったら有らぬ誤解を受けそうな状況だがそうも言ってられない。 如何にトライアングルのメイジでも数の不利は覆せない。 四方八方から止む事なく飛んでくる弾丸を全て防ぎ切るなど到底叶わない。 思わず揉んでしまったキュルケのたわわに実った胸の感触に心奪われながらもギーシュは解決策を考えていた。 そこで問題だ! この状況でどうやってあの鉄砲隊を倒すか? (三択)1つだけ選びなさい。 答え①ハンサムなギーシュは突如反撃のアイデアが閃く。 今やってるけど無理。 それよりも吸い付くような肌の手触りが心地良くて堪らない。 答え②仲間が来て助けてくれる 来てくれたけど当てにならない。 ついでに髪からほんのりと甘い匂いが漂って来てそれどころではない。 答え③倒せない。現実は非情である。 柔らかいだけでなく押し返してくるような反応が何とも…。 結局、考えは纏まらなかった。 何より冷静になればなるほど掌から張りと弾力が伝わってくる。 二律背反の中、煩悩に負けたギーシュが経験豊富なニコラに丸投げする。 「何か良い手はないか?」 「そうですね。上空からの支援があれば何とか」 そういって見た先には苦戦というよりも一方的に蹴散らされるグリフォン隊の姿。 とても援軍を遣せるような状況ではないし、来るとしたら敵の方が先だろう。 首を振るギーシュにニコラはもう一つの案を口にした。 「となると大砲か。横一列に並べてブッ放せば止められます」 「……さっきからわざと言ってないかい?」 皮肉げに言い放つギーシュの視線の先には、こちらに向けられた艦隊の砲口。 対するトリステイン艦隊は既に壊滅し、残存艦艇もこちらに向かっている最中だ。 この状況を打破する鍵が全て敵の側に揃っているというのは笑い話にしかならない。 やはりキュルケの言う通り、突撃しか道はないのかと諦めかけた時だった。 「何しているの…?」 不意に掛けられた声に反応しギーシュは見上げた。 そこには馬上から自分を見下ろすルイズの姿。 絶望も浮かべずに戦場に立つ彼女を見てギーシュは思い出した。 この程度の窮地なんて幾度も乗り越えてきたじゃないか。 諦めるのはまだ早いのだ、と無茶をしようとした自分を諌めた。 しかし冷静になってみれば自分を見るルイズの目は冷たい。 そこには汚い物を見るかのような侮蔑の念が込められているのではとさえ感じる。 そこでようやくギーシュは自分の置かれている状況を理解した。 塹壕から出て行こうとしたキュルケを二人で取り押さえた姿は、 二人掛かりで組み伏せて彼女に乱暴しようとしているようにしか見えないのだ。 ふるふると震えるルイズと硬直したままの二人、 そして抑えつけられて身動きの取れないキュルケ。 奇妙な沈黙の中、真っ先に口を開いたのはデルフだった。 「ああ。こりゃアレだな。 戦争に負けそうになって自棄になった連中の乱行だな。 どうせ死ぬからって女を襲ったり略奪やらかしたりするんだよな」 「待て! 違う、全然違うぞ! 全く疚しい気持ちがなかったとは言わないが僕は潔白だ!」 必死に抗議するギーシュの声もルイズには届かない。 俯いて前髪に隠された瞳には憤怒の炎が赤々と燈っている。 窮地に追い込まれて風前の灯火とまで思われたギーシュが、 キュルケを押し倒しているのを見つけた彼女の心情は如何なる物だったか。 不安だった心は落胆を通り越し、そして激怒へと変わる。 ギチリと握り締められたルイズの杖が高々と掲げられる。 「こ、こ、こ、この貴族の恥さらしー!」 瞬間。戦場を揺るがすかの如き轟音が響き渡った。 ルイズの失敗魔法が炸裂したのかと脅えていたギーシュが恐る恐る目を開く。 しかし辺りは吹き飛ばされてはおらずルイズの杖も天を指したままだった。 呆然とするルイズの視線の先を追えば、そこにはアルビオン軍が爆風に吹き飛ばされる光景が広がっていた。 飛来してきた砲弾が進軍する鉄砲隊を次々と蹴散らしていく。 予期せぬ反撃にルイズばかりかギーシュもニコラもキュルケさえも言葉を失った。 「続けて第二射! 前進してくる敵集団に火力を集中させろ! 足を止めた者、逃げる者には目もくれるな! 撃ぇ!」 凛とした号令が戦場に響く。 それに合わせて鳴り響く砲火の音。 どこか聞き覚えのある声にギーシュは声のする方へと視線を向けた。 整然と並べられた大砲と砲手、その背後で指示を出す一人の女性。 傷を負っているとは思えぬ程に毅然とした立ち振る舞い。 目蓋に掛かった金色の髪が風に靡く。 「アニエス!」 思わずギーシュは彼女の名を呼んだ。 共にアルビオンに旅立った戦友と再会できた偶然を、彼は始祖に感謝した。 ましてや待ち望んだ援軍として現れるなんて出来すぎだ。 やはり彼女は勝利の女神なのかもしれない。 ギーシュの声に反応してアニエスは振り向く。 直後、笑みを湛えていた彼女の顔は一転して険しいものへと変わった。 突然の豹変に戸惑うギーシュに彼女は問いかける。 「……おまえは何をやっている?」 アニエスが目にしたのはキュルケを押し倒すギーシュのあられもない姿。 再会を嬉しがるギーシュの顔は、にやけている様にも見て取れた。 もはや軽蔑というには生温いぐらいに刺すようなアニエスの視線が向けられる。 今まで築き上げてきたイメージが一瞬にして崩壊していく音、それがギーシュの耳の中で響く。 そして血の気が引いていく感覚と共にギーシュは悟った。 ……多分、僕は生きて帰れない。 この戦場を無事に潜り抜けたとしても。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/507.html
僕たちはルイズに案内されるがままに、学院寮にあるという彼女の部屋へと向かう(彼女が言うに、この学院は全寮制だという事)。 彼女曰く、本来使い魔はおのおのの適した環境を住処とするらしいが、人間というのは異例らしく、見合う場所がないため、暫定的にルイズの部屋ということになったらしい。 使い魔でない僕まで一緒というのは、あわや牢屋行きになりそうだった僕について、ルイズが口を利いてくれたためらしい。 大分、恩着せがましく言っていたため、少しばかり癪に障ったが、僕は素直に感謝の意を述べた。 石造りのアーチを抜け、重厚な石造りの階段を何段ものぼり、長い通路を通った先に、彼女の部屋はあった。 そこの部屋は、昔家族で行ったフランスで見た、貴族の部屋とよく似ていた。 もっとも電気でなく、ランプの明かりで部屋が照らされているため、派手な装飾が成されているであろう家具も、さほど嫌な感じをさせなかった。 ルイズは僕らにパンを渡すと、部屋にあるものの中でも、一際装飾が華美なベットに腰をかけ、僕たちと向かい合った。 「本当に、別世界から来たの?」 どうやら先ほどの話の続きを始めるつもりらしい。 「何か証拠見せてよ」 異世界から来た証拠。はじめは服の素材を見せてみようかと思ったが、それでは文化の違いですまされる可能性がある。 なら、ここでの文明レベルで作れないものを見せればいい。 今までの発言や、見た感じから生活レベルは僕たちの世界で言う、中世末期から近世初期ぐらいといった所だろう。 仮に魔法でさらに高い技術レベルを有していようとも、流石にここまでは作れまいと確信を持てるものが一つ、あった。 「才人、カバンの中身を」 だが言い終わる前に、既に才人も同じ事を思いついていたのか、先ほど中庭で回収したカバンを開き、中に入っているものを取り出した。 ルイズは出てきたものをじーっと眺める。 「何、これ?」 「のーとぱそこん」 パソコン。修理したばかりのそれは、ぴかぴかとプラスチックの光沢を放っている。 にしても才人の声が、詰め物をしている所為か、全く締まらない。いや、勢いよく肘打ちをした僕が悪いのだが。 もう少し加減をすべきだったな……等と考えている内に、才人はパソコンの電源を入れた。 そして、パソコンの画面やゲームなどをルイズに見せる。写真などがあれば良かったのだが、あいにく修理に出していたため、そういうデータは残っていなかった。 様々な説明の甲斐あってか、ともかくルイズは、多少の不信感を残しているようではあるけれども、一応、異世界から来たと言うことを信じるという意思を表した。 ここでようやく本題である、元の世界に返せるかという事をルイズに問う。 返答はすぐに返ってきた。 「無理よ」 彼女が言うに、サモン・サーヴァントは、本来この世界……ハルケギニアにいる生き物が呼び出される者で、異世界から使い魔が呼び出されるという話は聞いたことがないらしい。 またサモン・サーヴァントは呼び出すことしか出来ない上、使い魔がいると使えないらしい。 「そういえばさっき『できるんなら、破棄している』と言ってましたね。何故です?」 「それは……」 いささかルイズは間をおく。 「使い魔が死ななければ、ならないからよ」 そのままルイズは才人に向かって「死んでみる?」と聞く。才人は全力でかぶりを振った。当たり前だ。 ともかく、すぐに元の世界に戻る手段は無いらしい。 しかたない。長時間かかってでも、いろいろ調べてみるしかないだろう。 どれくらいかかるだろうか? 一ヶ月か? それとも一年? いずれにせよ、すぐには帰れないのだけは事実だ。 「わかった。じゃあ、僕たちは何をすればいい?」 しばらくは情報を集めなくてはならない。貴族の近くなら情報も多く手に入るだろう。 第一、彼女には迷惑をかけてしまったという負い目と、口利きをしてもらった礼もある。 僕は恭順するということを示した。 才人も渋々ながら、使い魔になることを了承する。 とりあえず僕は学ランの襟を正して、才人は鼻の詰め物を抜いて、形を正して、ルイズの方を伺った。 「そうね……」 考え込むように唸りながら、ルイズは僕と才人を交互に見る。そして大きくため息をついた。 「とりあえず使い魔の方からね。使い魔には、主人の目となり、耳となる能力が与えられるんだけど……無理みたいね。他には……主人の望むものを見つけてくるんだけど。 例えば、魔法の触媒となる秘薬の材料。そうね……硫黄とか、特殊なコケとか。あんた、解る?」 「全然。無理」 「はぁ…… 後は、これが一番大事なんだけど、主人を守る事ね。でもこれは……」 間をおいて、僕の方を見、言う。 「こっちの方が、よっぽど期待できそうね」 「うっせ」 「だからあんたに出来そうなことをやらせてあげる。そうね…… 洗濯。掃除。その他雑用ってとこかしら」 「ふざけんな!」 「じゃああんた、何か出来ることあるの?」 そう聞き返され、言葉に詰まる才人。そんな才人を後目に、次は僕の方へと向き直った。 しかし指をさすなり、突然頭を押さえて、考え込むように唸った。その仕草は、何かを思い出そうとしているように見える。 そこでふと気がついた。 まだ僕は、彼女に対して名前を教えてないことに。 「花京院典明。僕の名だ」 「ノリアキ? 変わった名前ね。……あんたはここでは衛兵兼、あたしの従者ってことで学園長から達しが出たわ」 「具体的には?」 「あたしが学園に行ってる間は、衛兵としての仕事を。あたしが帰ってきたら、従者としての仕事をしてもらうわ。基本的にはそこの使い魔の手伝いね」 「そこのってなんだよ!」 正直、遠くに飛ばされたらどうしようかと思ったが、とりあえず、僕はここでの拠点を手に入れた。帰る方法は、これからじっくり探せばいい。 ルイズは大きく欠伸をする。 「ふぁ~……。いろいろと喋ってたら、眠くなってきたわ」 そういえばもう日が暮れて、大分時間が経つ。僕らの時刻で言えば、今は夜中の10:00ぐらいだろう。 ふと部屋を見る。ベットは当然、一つしかなかった。 「俺たちは何処で寝たらいいんだよ」 ルイズは毛布を二枚、こちらに投げてよこし、もう一度大きな欠伸をしながら、床を指さした。 「犬か猫かよ!」 「しかたないでしょ…… ベットは一つしかないんだから」 そういいながらルイズは、僕たちがいるにもかかわらず、服を脱ぎ始めた。 才人はなにやら興奮気味にルイズを止めようとしている。 僕はというと、そういえば貴族というのは小間使いが部屋にいたとしても、基本的に気にもとめないらしいな。 と歴史の授業で習ったことを思い出していた。 才人の方を見ると、今度はなにやら、ぶつくさ小声で何かいっていた。 そんな才人を見ている間に、こっちの方へと下着が飛んできた。 「じゃあ、これ、明日までに二人で洗っといて」 「何で俺がお前の下着を! 洗濯! ふざけるな! 嬉しいけどさッ!」 「誰があんたの面倒見ると思ってるの? ここは誰の部屋? 誰がご飯用意すると思ってるの?」 「うぐっ」 才人はまたルイズに不平を言っている。案の定、またやりこめられている。 そういう僕も危うく、自分でやれ、自分で! といいそうになったが、彼女は一応『恩人』であると言い聞かせ、喉元まで来たその言葉を飲み込んだ。 ともかく、今日は疲れた。僕は毛布にくるまり、床に身体を横たえた。 才人の方も、同じように毛布にくるまり、身体を横にしている。 ルイズが指を弾くと、部屋のランプは光を失った。便利なものだ。 しばらくその状態で横になり、窓の外から二つの月を眺めた。 ベットの方から寝息が聞こえる。既にルイズは寝ているようだ。 その、規則正しい寝息の音を聞き、僕も瞼がストーンと落ちてきたのだった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1788.html
宮廷の一角、そこに魔法衛士隊の宿舎は存在した。 もっとも宿舎といっても衛兵のものとは比較にならないほど立派な物だ。 主に王族の警護を務めているのだから宮廷の傍にあるという訳だ。 それに外部の人間との接触を絶つという目的もあるのだろう。 単純だがつくづく合理的だと感心しながら宿舎の扉をノックする。 「こほん」 モット伯の秘書が軽く咳払いして呼吸を整える。 主人を(半強制的に)休ませた後、彼女は詰所に立ち寄った。 とてもではないがマザリーニ枢機卿との会談は不可能。 だがワルド子爵の他に思い当たる人物はほとんどいなかった。 優れたメイジならば何人もいるが、それは強さと同義語ではない。 たとえトライアングルのメイジでも戦い慣れした傭兵に討ち取られる事だってあるのだ。 そういった意味で実力のある者はトリステインには数えるほどしかいない。 しかし『烈風のカリン』しかり『閃光のワルド』しかり、その数名が抜きん出た者達である事が多い。 多くのメイジに恵まれているが故に、中にはそういった突出した才の持ち主が見つかるのだ。 だが逆にその陰に隠れて平民の実力者が見つけにくいのも事実。 眠りに落ちる前にモット伯が指名しようとしていた人物は見つからなかった。 探しようにも名前さえ分からず特徴も不明瞭、そもそもその特徴というのが…。 「…けしからん乳ってなんですか? 私へのあてつけですか?」 泣きそうな声で呟きながら自分の胸に手を当てる。 視線の先に広がるのは丘無き平原。 同世代の人間と比べる度に落ち込まざるを得ない。 まあ、そのおかげでオッパイ好きなモット伯の毒牙に掛からなかった訳なのだが。 「あの、父が何か?」 「ひゃん!?」 突然、背後から掛けられた声に悲鳴を上げる。 振り返るとそこには厳しい顔つきの男性が立っていた。 彼もまさか声を掛けただけで驚かれるとは思っていなかったようで、 すまなそうにこちらに視線を向けてくる。。 「ああ、すみません。脅かせるつもりはなかったのですが…」 「い、いえ、こちらこそボケてたみたいで…あの衛士隊の方でしょうか?」 「はい。グリフォン隊で副長を務めさせて貰っておりますが」 副長と名乗った男の言葉を反芻する。 グリフォン隊、ワルド子爵が隊長を務める部隊だ。 彼女は枢機卿を通さず、直接本人にコンタクトを取ろうとしていた。 そして彼を説得し、密偵としての任務を果たして貰うつもりだった。 本来はあまり宜しくない行為だが、それも止むを得ない。 ゲルマニア皇帝との婚姻が迫る中、王宮の護衛を手薄にするのは危険だ。 しかし、水面下での見えない動きを放置する訳にはいかない。 「私、モット伯の秘書を務めておりますが、主人からの伝言があります。 グリフォン隊隊長のワルド子爵に至急お取次ぎ頂きたいのですが」 私の言葉を聞いた副長が眉を顰める。 やはり宮中の人間といえど衛士隊に接触するのはまずかったのか。 しかし彼の返答は私の想像とは違っていた。 「申し訳ありません。隊長は今その所在が不明でして目下、隊員が捜索に当たっております」 「え…? 行方不明、という事ですか?」 「はい。マザリーニ枢機卿からも隊長に伝言があるという事だったのですが」 「…………」 おかしい。こんな時期に衛士隊が持ち場を離れるなんて。 何かの密命を受けた? それだったら枢機卿が知らない筈が無い。 まさか殺された? あのワルド子爵を何の痕跡も残さずに? 無理に決まってる。 幾つもの答えを否定する度に浮き上がってくる最悪の想像。 彼女は何故、モット伯があれほど懸命に危機を訴えていたのか理解した。 胸を締め付けるような嫌な予感。 これに駆り立てられたら何かせずにはいられない。 今、私の胸に湧き上がる恐怖、これがモット伯を突き動かしたのだ。 窓も無い広めの荷馬車の中、やる事もないルイズは自分の日記を読み直していた。 日記を書くのは彼女の習慣であり、厚めの日記帳には彼との出会いまで記載されている。 それをペラペラ捲りながら考える。 ルイズは他の学生では考えられない程の体験をしてきた。 時には命の危険さえ伴ったが、それでも今回の件と比べ物にはならない。 初めて与えられた任務、それに懸ける意気込みは人一倍だろう。 しかし、これから踏み込む場所は文字通り戦場なのだ。 生きて帰れる保障などどこにも無い。 フーケのゴ-レムに踏み潰されそうになった恐怖、あの感覚が胸の奥から甦ってくる。 アンリエッタから貰った指輪をルイズはそっと撫でる。 それだけで姫様が励ましてくれる気がしてきた。 それを見ていたアニエスが仰天する。 彼女の視線の先にはルイズの指に嵌められた国宝『水のルビー』があった。 それはアンリエッタ姫殿下が肌身離さず持っている筈。 咄嗟に彼女の手首を掴み問い質す。 「何故、おまえが『水のルビー』を持っている!! 姫様から盗んだのか!?」 「な…なんて事言うのよ! これは姫様から貰ったの! 何かあったら売り払って旅の支度金にしなさいって…」 「デタラメを言うな! そんな物を国庫も通さずに売り払ってみろ! 即座に憲兵隊が押し寄せて裁判も受けられずに拷問後打ち首になるわ!」 「へ?」 キョトンとしたルイズの顔。 その表情はどう見ても自分が盗んだ物の重さに震える罪人ではない。 まさか本当に姫様があげちゃったのでは…、としきりに顔を顰める。 指輪とアニエスの顔を交互に眺めた後、アニエスに聞き返す。 「捕まるの?」 黙ってアニエスは頷いた。 しばらく沈黙が続いた後、ルイズは大声を上げた。 「ええーーー!? だって姫様は…」 「……やはりそうなのか。だが怨むな、あの方は良くも悪くも宮廷で生まれ育った身。 ちょっとばかり世間とは認識がずれているだけなのだからな」 天を仰いだ顔に手を当てアニエスは泣きそうになるのを堪える。 他にお金に替えられそうな物を持っていなかったからだろうが、 よりにもよって国宝を渡してどうするつもりだったのか。 今更、姫様に返しに行く余裕は無いし、姫様から彼女に与えられた物だ。 とりあえずミス・ヴァリエールに預かって貰う事にした。 この時、彼女は本気で『大丈夫なのか? この国』と思いつつあった。 ちらりと視線を横に向けると退屈そうにしてる使い魔が二匹。 ギーシュは自分から御者に志願した。 理由は簡単。アニエスと顔を突き合せたくないからである。 ルイズも御者は無理だろうからアニエスとの交代での行軍となる。 そうなれば最低限の接触だけで済むという彼の判断は正しかった。 しかし彼女は御者を交代する気はなく彼は既に半日以上、馬車を一人で走らせている。 本当なら馬車など使うつもりはアニエスには無かった。 馬が三頭あればそれで事足りるのだ。 それを使い魔を連れて行けと連中は駄々をこね始めた。 ならまだ使い道のあるジャイアントモールの方だけをと譲歩を示したのだが、 二人とも犬の方も連れて行けと言うのだ。 使い魔の安全を考えるなら置いていった方が確実なのだが彼女達は譲らなかった。 しかし、この犬を連れて行ってどうなるというのか、甚だ彼女は得心がいかなかった。 カラカラと車輪が立てる音を聞きながら、彼はあくびを押し殺した。 横ではアニエスが目を光らせていてあくびをする度に、 「このバカ犬、緊張感のかけらも無いのか。 全く主が主なら、使い魔も使い魔だな」という視線を向けてくるのだ。 いや、何回かは実際に口に出していたかもしれない。 ルイズと何度か口喧嘩してたのを目撃している。 アニエスは『メイジ殺し』と呼ばれる戦士とデルフから聞いた。 よく分からないがメイジを倒す事に特化した人間らしい。 つまり、穴熊猟のダックスフントや水鳥猟のレトリーバーのようなものだろうか。 それならルイズにとって天敵な筈だが彼女は恐れる様子は無い。 ああ、そうだった。ルイズは魔法が使えないんだった。 そして魔法が使えるギーシュは怯えている、とそう考えると納得がいく。 しかし、それを口に出さない程には彼はルイズの扱いに慣れていた。 ハッキリ言って馬車にはもう飽きた。 しかもこれから向かうラ・ロシェールはタルブ村の手前にあるという。 もう既に行きと帰りで二度も見た景色を楽しめる筈が無い。 食べる?とヴェルダンデから差し出された大ミミズを丁重に断る。 これがシルフィードだったら…と何度思った事だろうか。 あの風を切る爽快感。どこまで広がる世界を収める視点。 たとえ何度乗ろうとも飽きる事など無いだろう。 しかし、最近は主従共に姿を見せない。 それはキュルケとフレイムも同じだ。 今頃、彼女達は何をしているのだろうか? 「くしゅ!」 さすがに空の上で肌を露出するような格好は寒かったのか。 うー、と鼻をハンカチでかみながらキュルケは下を見下ろす。 そこには街道を疾駆する一台の馬車。 言わずもがなルイズ達の物だ。 それを学院から彼女達は付け回していたのだ。 彼女達と合流しようとタバサは風竜に低空飛行を指示した。 しかし、それをキュルケが止めさせる。 「どうして?」と問いかける彼女にキュルケは胸を張って答える。 「だって今行ったら暇だから遊びに入れてって感じじゃない。 それで追い返されたらどうするのよ? なんか極秘の任務っぽいし。 ここはもうしばらく様子を見てチャンスを待つのよ! ルイズがいかにもなピンチに陥った時に都合よく現れて “イーヴァルディの勇者”のようにジャジャーンと登場して“待ってました!”と間一髪助けるのよ! そうすれば借りも返せるし、登場の仕方としては最高でしょ? ね?」 「………分かった」 しばらく考えてから私は頷いた。 大人しく従う私を彼女は“よしよし”と撫でる。 内心、友達の危機を期待するのはどうかと思うが、 そういう時に別行動をしていれば彼女が言うような事態にも対処できる。 それに借りを返したいのは私も一緒。 何より“イーヴァルディの勇者”というのが気に入った。 地上と空、二つに分かたれても彼女達は今もルイズ達と一緒だった。 彼が不意に外に視線を向けた。 外に誰かの気配を感じたのだが誰もいない。 日が沈み切り景色も何も闇に溶け込んでいる。 何でもこのままラ・ロシェールまで強行軍、食事と睡眠はそこで取る予定だという。 せっかくタルブ村で手に入れたアイテム『ドナヴェ』を試す機会と思ったのに。 なんでも『ドナヴェ』は焼き物の鍋らしく、長年使っている内にほとんどが熱で割れてしまうらしい。 だが、その年月を耐え抜き使い込まれた『ドナヴェ』は味が染み込んでおり、 それでお粥を作るだけで『ヨシェナヴェ』の風味を与える事が出来るという。 正にマジックアイテムも真っ青の名品である。 ああ、こうしているだけでも良い匂いがしてきそうだ。 『ドナヴェ』の匂いをフンフンと嗅いでみる。 その時、彼の鼻が『ある臭い』を捉えた。 それは自分が変身した時に良く感じるもの…『敵意』の臭いだ。 吠えるのはマズイ、距離が近すぎて相手にも気付かれる。 すぐさまソリに付けられたデルフに伝言を頼む。 「おい、気をつけな。この先に待ち伏せしてる奴等がいるってよ」 「……なんだと?」 デルフの警告にアニエスは即座に反応し、前の幕をわずかに開けて外を窺う。 既に日は落ち、目前には生い茂った森が広がっている。 奇襲を仕掛けるには絶好のポイントだ。 あながちデタラメではないようだと判断しギーシュに指示を出す。 「伏兵がいる可能性がある、馬車の速度をゆっくりと落とせ」 「…! 伏兵だって!?」 その言葉に驚いたギーシュが慌てて馬を止める。 敵の仕掛けた待ち伏せに入らないようにする為の行為。 だが、それは明らかな失策だった。 「バカ! 馬を止めるな!」 「え?」 何故アニエスが怒ったのか、ギーシュは一瞬理解できなかった。 しかし直後にそれを思い知らされる結果となった。 突然、森の中から飛来した何かが馬車の近くに叩き付けられる。 それは一瞬にして燃え上がり馬を混乱させた。 (……火炎瓶。こちらを燻り出す気か) 張り巡らせた待ち伏せの前で相手が突然止まったらどう思うか。 当然、罠に気付いたと判断し仕掛けてくるだろう。 しかも運悪く待ち伏せの外にあろうとも相手は攻撃できるだけの戦力を有していた。 再び投擲される火炎瓶。 それは馬車の背後、退路に向かって放たれた。 もはや馬のコントロールを取り戻すのを待っている余裕は無い。 手に盾代わりになる物を掴んでアニエスは外へ飛び出す。 彼女の予想通り、馬車から出てきた相手を狙い打つ火矢。 それを彼のソリで受け止めて森の中に飛び込む。 火矢を使った為に矢の出所の見当は付いていた。 薄暗い森の中で次々と上がる賊の悲鳴。 それが途絶えた直後にアニエスから指示が飛ぶ。 「こっちだ! 幌を破いて横から抜け出せ! 馬車を盾にしながら森の中に身を潜めろ!」 既に片側の弓兵は仕留めた。 注意するべきは逆方向からの射撃のみ。 それを踏まえてアニエスは的確な指示を送る。 ギーシュも馬を駆るのを諦め、アニエスの指示に従い車内に戻る。 盾として配置したワルキューレも既に数騎失っている。 だが彼が無事で済んだのはそのおかげだ。 相変わらずルイズは逃げずに徹底抗戦を訴えているが聞く耳は持たない。 馬車の床板をワルキューレでブチ抜いてヴェルダンデを送り込む。 主の命を受け、すぐさま馬車と森とを繋ぐトンネルを掘り進む。 これで連中にはまだ馬車にいるように錯覚させられる。 すぐには森の中を探し回ろうとはしない筈だ。 そこに有無を言わさずルイズを押し込み、ギーシュも後に続く。 その彼の視界の端に移ったのはルイズの使い魔の姿。 「何しているんだ? 君も早く…」 ギーシュの声も届かない。 彼の視線は砕け散った焼き物の破片に集中している。 それは彼のソリに積まれていた『ドナヴェ』の成れの果て。 一度として味わう事なく砕け散った夢の残骸。 これは誰の責任だろうか? 馬車に『ドナヴェ』を持ち込んだ自分か? それともソリを持って行ったアニエスか? 否。断じて違う! 悪いのは馬車を襲い主人に凶刃を突きつけた賊! 然るべき報いを食らわしてやるッ! 食べ物の恨みはどの世界共通で恐ろしいのだ! 馬車から躍り出た彼が吼えた。 それをギーシュが慌てて止めようとした。 彼の力は知っている。 だが、それはデルフがいるか瀕死に至った時だけ。 もしも即死したらどうなるかなど判らない。 その彼に一斉に射掛けられる火矢。 それを彼は見えているかのように避けた。 「な……!」 変身する前の彼はただの犬の筈だった。 それは以前の決闘で目にしている。 だが今の彼の動きはどうだ? まるで変身する前と遜色ないではないか。 フーケとの時にも段々と強くなっていく姿を目撃したが、 あれでさえまだ彼の全てではないというのか。 まるで底の見えない強さ。 ギーシュは彼がいる事を心強く思っていた。 しかし今は違う、ただひたすらに怖い。 どこまでも際限なく強くなっていく彼が何よりも恐ろしいのだ…。 闇に紛れようと森に息を潜めようと彼の触角からは逃れられない。 彼は射手その全てを射程に収め、今度は自分から攻撃を繰り出す。 彼の全身から放たれる毛の針が一斉に賊の弓へと突き刺さる。 そして、それは音も立てずに燃え広がった。 目には目を、火矢には火矢をという意趣返しを込めた『シューティング・ビースス・スティンガー』! 突然の異常事態に混乱する傭兵達。 燃え広がる火に過剰反応する者、慌てて消そうとして火を広げる者。 弓を投げ捨てて他の武器で応戦しようという者。 その彼らの下に一斉にギーシュの攻撃が仕掛けられた。 「我が道を阻む賊どもめ。このギーシュ・ド・グラモンの魔法に屈するがいい」 武器を失った弓兵を包囲し生き残ったワルキューレが殴り倒していく。 実に嬉々とした表情で自分の活躍をアピールする。 その彼を狙って背後から賊が忍び寄る。 この混乱の中でも正常な判断を保った相手はいたのだ。 しかし彼等が剣を抜こうとした瞬間、真横から誰かが飛び掛ってきた。 先立って森に息を潜めていたアニエスである。 一瞬の内に剣に掛けた男の手を捻り上げ間接を極める。 そして、そいつを盾にしながら残りの連中に銃を突きつける。 「大人しく武器を捨てて腹這いになれ」 冷たく言い放つアニエスの声に男達は動けない。 銃に込められた弾は一発、全員で掛かれば勝てるだろう。 だが最初に動いた一人と盾になった男は確実に死ぬ。 誰も捨石などにはなりたくはない。 だが時間を掛ければ仲間が助けに来てくれるかもしれない。 その期待を込めて時間稼ぎをしようとした瞬間。 「ふむ。私一人ではお願いを聞けないそうだ。 おまえからも私に従うように頼んでくれないか?」 「あ……え?」 突然、アニエスに耳元で囁かれ盾にされた男が戸惑う。 こんな美人に甘い声を掛けられた経験など無い。 正しく天にも上る気持ちになった直後だった。 べキッと乾いた音が響き渡り男は身の毛もよだつ絶叫を上げた。 「うん、実にいい嘆願の声だ。これで従う気になってくれたか」 「…………………」 男達が次々と武器を捨てて腹這いになる。 従わなければ次は逆の腕、もしくは指を一本一本へし折っていく気だ。 とてもじゃないがそんな光景と悲鳴を前にして正気ではいられない。 彼等は悟った、世の中には決して逆らってはいけない相手がいるという事を。 「よし、来たわよ! チャンス到来!」 キュルケが火の手が上がったのを見て叫ぶ。 すぐさまタバサに急速降下を命じたが彼女は動かない。 どうしたのか尋ねるキュルケに彼女は答える。 「…他に誰かがいる」 それはシルフィードからの警告。 自分達以外にいない筈の空に別の存在があると知らせてきたのだ。 それが何かまでは分からない、だが警戒すべきだと彼女は判断した。 シルフィードが進路を変える。 目指すは森の奥、未だ見えぬ相手へと向かう。 「はぁ……はぁ……」 息を切らせながら頭領は走る。 自分の部下がどうなったのか、どこまで逃げたかも分からない。 辺りに気を配る余裕を無くして頭上を風竜が追い越した事さえ気付かない。 頭領の男は歯噛みをしながら木に苛立ちをぶつける。 ……話がまるで違う。 確かに相手は二、三人だったし、メイジの腕は大した事は無かった。 だが、あの犬は何だ? 随所に配した伏兵を事も無げに察し焼き払った怪物は! あの男の出した条件の一つ、使い魔は必ず焼き殺すようにという指示。 その時は気にも留めなかったが今にして思えば明らかにおかしい。 奴は知っていたんだ、連れている使い魔が一番危険だという事を。 その上で俺達に伏せていやがったんだ。 「誰だ!?」 冷静さを取り戻した男が気配に気付き振り返る。 襲撃の相手ではない、気配は森の奥からしてくる。 殺意も敵意も無く、ただ悪寒が空気を満たしていく。 溜め込んだ唾を飲み込みながら注視する。 やがて、そいつは闇の中から月明かりの下へと姿を見せた。 美丈夫と言ってもいい顔立ちに腰に差した杖。 見覚えの無い顔だがその身形には覚えがあった。 「ま…まさか! アンタは!」 頭領を前に男は微笑む。 それを目にして頭領が凍りつく。 その笑いは仮面を捨てても尚、変わる事は無かった。 彼は理解した、この男は今も己の心に仮面を被り続けていると…。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2308.html
戦場に響き渡るワルドの詠唱にその場にいる全員が凍った。 “ライトニング・クラウド”高い殺傷力を持つ風のトライアングル・スペル。 様子見も無しで全力で殺しに来たのかとモット伯は警戒した。 備える間もなく放たれた雷が彼等の間を駆け抜ける。 そして稲光は地面に転がる鉄柱へと吸い込まれた。 一瞬の沈黙の後。耳慣れない音が静かに流れた。 機械音を奏でレンズを晒して変形する“光の杖” 異世界の兵器、その胎動を耳にしたワルドの表情が崩れる。 「やはり……やはりそうか! 僕の予想通りだ! は、はははははっ! これで奴を殺せる、殺せるぞ!」 呆然とする彼等の前でワルドは堪えきれずに笑いを零した。 それを見てモット伯は確信した、あれは勝利を確信しての高笑いだと。 彼の眼には自分も兵達の姿も映ってなどいない。 別に腹を立てる理由などない。敵が見逃してくれるというなら好都合。 さっさとこの場を離れて安全な場所に隠れるのが利口だろう。 なのに私は理に合わぬ行動を取っていた。 どこで間違えたのか、それとも今までが間違っていたのか。 腕を伸ばして地面に落ちたそれを私は拾い上げた。 「なんだ、まだいたのか」 光の杖を抱えた私をワルド子爵の視線が射抜く。 まるで汚物でも見るかのようなその眼に寒気が走った。 呼吸が乱れる。殺意を突きつけられた訳ではない。 それでも風に揺れる木の葉のように容易く気圧された。 「ふん、どうせ見逃すのも今だけだろう。 トリステイン王国が滅びれば全員死刑台送りだ」 「当然だ。貴様等はトリステインに湧いた寄生虫だ。 一匹残らず駆除し、かつての王宮の栄華を取り戻す」 毒づくモット伯の言葉を冷静に、 だが憎しみを滲ませながらワルドは返答した。 彼を歪ませた一因は間違いなく王宮にあった。 支えである両親を失ったワルドに残されたのは貴族としての誇りだけ。 いや、それだけで十分だったのかもしれない。 王国の為に杖を振るい、いずれはその命を捧げる。 まだ幼い時分からワルドはその覚悟を背負って生きてきた。 魔法衛士隊に入った彼は念願叶い、王宮への立ち入りを許された。 そこで己の命を懸けるべき王国の実態を目にした時、彼の忠誠は終わりを告げた。 そして全てを失ったワルドはレコンキスタへと身を寄せた。 『聖地』を追い求める為に、自分の誇りを裏切った王宮への復讐を果たす為に。 「それは無駄骨だよワルド子爵」 それをモット伯は鼻で笑い飛ばす。 王宮に足を踏み入れた者は誰しも一度は絶望する。 彼とて若き日にはトリステイン王国に全てを捧げるつもりでいた。 しかし腐敗した王宮を目の当たりにして彼は王国の発展を諦めた。 腐敗を正すなど彼一人で出来る事ではなかった。 モット伯は王宮の中で穢れながら生きる道を選んだ。 利権を貪り合う高級貴族の争いに愛想を尽かし、勅使以上の地位を彼は求めなかった。 自分に与えられた仕事をこなし、日々の退屈を享楽でごまかし続けていた。 胸に滾っていた若き日の情熱を失ったまま、 何一つとして遂げる事なく当たり前に生涯を終えると思っていた。 安定した何の障害もなく平坦で平穏な道。 だが、それは一人と一匹の主従に叩き壊された。 何もかも失った代わりに、私は退屈から解放された。 騒々しく目まぐるしく動き回る、忙しくも充実した時間。 ミス・ヴァリエールが王宮に立てばきっとそんな日々が日常になるだろう。 それはきっと無為に過ごした時間をも塗り潰す楽しい時間。 幾万の軍隊など必要ない、たった一人の少女が王宮を変えるのだ。 王宮に足を踏み入れた頃から止まったままの時間、途中で閉じられたままの本。 長い長い眠りについていた世界がようやく動き始める。 そのせっかくの楽しみを誰かに邪魔されてなるものか。 「貴公はかつてのトリステインを取り戻す為に、 私はこれからのトリステインを見届ける為に。 ここに両者の意見は分かたれた! ならば決着を! 誇り高き貴族としての方法で!」 口で手袋を外してそれをワルド子爵に叩きつける。 その色は言うまでもなく純白。 伝統の作法に乗っ取った決闘の申し込み。 二人を除くその場にいる誰もが息を呑んだ。 平静に振舞うワルドの顔もどこか引き攣っていた。 怒気混じりの殺意が彼の周囲を漂う。 「まさか逃げはしまいな? ワルド子爵」 「……笑えない冗談だ。だがここまでされては引き下がれんな」 ワルドの視線がモット伯へと向けられる。 彼は初めて目前の人物を敵と認識した。 殺意の篭った眼差しに貫かれたモット伯は、 それでも不敵な笑みを崩そうとはしなかった。 「我が名はジュール・ド・モット! 二つ名は“波濤”! 水はあらゆる姿に形を変え、時には岩をも砕く暴力と成らん!」 モット伯の名乗りが高らかに戦場に響き渡る。 その背後で飲み水を蓄えた大樽が続けて破裂する。 打ち上がった巨大な水柱が奔流に変わりワルドの足元を流れた。 川のように流れる水が二人の姿が歪んで映る。 キュルケの双眸が杖を構える両者を見据える。 スクエアとトライアングル。クラスだけでも両者の差は歴然。 ましてや王国屈指の実力者である魔法衛士隊の隊長とただの勅使。 比較すればするほど絶望的なまでに差は開いていく。 なのにモット伯は決闘という無謀な勝負に出た。 私はモット伯の実力を知らない。 もしかして彼にはワルドを倒す自信があるというの…? “いいぞ。もっと突っかかって来い” 震える膝を隠してモット伯は仁王立ちする。 恐怖に引き攣った顔を笑みでごまかす。 一瞬たりとも眼を逸らさず殺意の篭った視線を見返す。 思わず瞳の端に浮かんだ涙を一滴も零さぬよう堪える。 断言しよう。私では何をやろうともワルド子爵には勝てない。 何かの弾みでスクエアの域にまで私が達しようが、 運悪くアルビオン艦隊の砲弾がワルドに雨霰と降り注ごうが、 天地が引っくり返ろうが勝ち目など億分の一もない。 だが勝つ必要など何処にもない。 最も避けるべき事態はワルドに“光の杖”を奪われる事だ。 わざわざ敵陣の中に飛び込んでまで奪いに来るぐらいだ。 無くては困る代物だろう。無ければ“彼”には勝てないのだ。 ならば、それだけを防げばいい。 私はハッキリ言って戦いなどという野蛮な行為は苦手だ。 だが嫌がらせなら私の右に出る者はいないだろう。 奴は私達を嘗めている。ましてや私一人など瞬殺できると思っている。 “光の杖”を使うのに“ライトニング・クラウド”が必要なら、 強力な魔法を使わずに少しでも精神力を温存しようとするだろう。 だから私はワルドの油断を突いて逃げまくる。 そして一秒でも多く時間を稼ぐのだ。 その間に“彼”がワルドを倒してくれる事を期待して。 “ワルド子爵。嘘というのはこうやって吐くのだ。 最後の最後まで相手を騙し通してこその嘘なのだよ” 吹き荒れる風が水面を波立たせる。 『閃光』と『波濤』。両者の激突が今、静かに幕を開けた。 戻る 目次 進む
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1217.html
学院長室の前。 育郎とルイズを後ろに控えさせ、ミス・ロングビルが扉をノックする。 「学院長、イクロー君を連れてきました。ミス・ヴァリエールも一緒です」 「うむ、入りたまえ」 その声に従っての扉を開けると、頭の剥げた教師の横に育郎の見知った顔があった。 「おじいさん!?」 「…あんた、学院長とも知り合いなの!?」 ルイズが驚いた顔で育郎を見る。 「学院長?じゃあ、おじいさんが?」 「うむ、ワシがトリスティン魔法学院学院長のオスマンじゃ! …そういえば言っとらんかったのう」 ポリポリと頬をかくオスマン氏。 「ねえ…あんたミス・ロングビルや学院長となんで知り合いなのよ?」 ルイズが小声で、と言っても周りの人間にまる聞こえだったが、育郎に問う。 「えっと………」 別に『もっと恐ろしい者の片鱗を味わった』わけではないが、 育郎はありのままを話すべきかどうか悩んだ。 「水場を探していたイクロー君が、私の部屋に使い魔をもぐりこませた オールド・オスマンを見つけたんです」 が、ミス・ロングビルは躊躇無く真実を話した。 「学院長…あなた…」 「い、いや違うんじゃよミスタ・コルベール!み、ミス・ロングビル… 生徒の前でそんな事をばらされたら、学院長としてのワシの威厳が!」 入学式の時カッコつけて二階から飛び降りようとしたが、着地の魔法に失敗し、 のた打ち回った姿を見せられているので、威厳など存在しないのだが… とはいえ、ルイズはそんなことを説明するのも面倒なので黙っていた、 そのかわりにミスタ・コルベールと同じように冷たい視線を送っておく。 「んな事はどうでもいーじゃねーか、それより相棒に話があんだろ?」 「おや、それはインテリジェンスソードですか?珍しい」 ミスタ・コルベールが育郎の手の中のデルフを興味深げに見る。 「ミスタ・ゴマシオ、これ以上話を横道にそらさんでくれんかの?」 「す、すいませんオールド・オスマン…あと私はコルベールです。 というか、さっきちゃんと名前呼んでませんでした?」 抗議するコルベールを無視して、オスマン氏が育郎に向き直る。 「さて、君を呼んだのでは他でもない、君に聞きたい事があるんじゃが… 君の…あの姿の事じゃ…」 「はい………」 予想はできている、というかそれ以外ないだろう。 おそらく魔法を使って、広場での決闘を見ていたのだろう。 「その前に…ミス・ロングビル、ちと席を外してもらえんかの?」 「いえ、私も一緒に聞かせてください…ある程度の事情は聞いていますので」 その言葉に驚くオスマン氏。 「なんじゃと?何故ワシに話さなかったのじゃ!?」 「いえ…あんな姿になれるとまでは聞いてなかったもので…」 ふむ、と頷き、髭をいじりながらしばらくオスマン氏は悩んだが。 「まあ、いいじゃろ…ただし他言無用じゃぞ」 「わかっております」 その言葉に頷いた後、改めて育郎に目を移し、本題を切り出した。 「単刀直入に聞かせてもらおう。君は何者なのかね?」 「………」 育郎は返答に窮していた。 なにせあの『力』の事は、自分自身でさえ良く分からないのだ。 まずは自分がどこから来たのか、そこから話さなければならない。 「ルイズやロングビルさんには話しましたが… 僕は………この世界とはまったく別の世界から来たんです」 魔 界 !!! それは年中曇り空で、山は噴火し、河や池には水の代わりに血が流れ、 なんか空気は悪いわご近所の付き合いまで悪いわ、やたら凶暴なゴリラがいるわ。 そんな晩御飯のおかずを買いに行くのにも一苦労なんじゃないかと思わずには いられない、弱肉強食なとても住みにくそうな世界である! あと悪魔とか住んでる。 なんて事をオスマン氏とコルベールは想像したッ! 「…おじいさん?」 「あ、いや続けてくれたまえ」 「はぁ…そして、僕の世界では魔法は存在しません」 「魔法が存在しない!?君、それはどういう事かね?」 育郎の言葉に、コルベールが興奮した様子で問いかける。 「僕の世界では魔法が迷信とされていて、代わりに科学技術が発達しているんです」 「『カガク』?その『カガク』という技術は魔法が使えなくとも使用できるんだね? 例えばどんなことができるんだ?この世界の魔法より優れているのかね!?」 「ゴホン…あーコルベール君、その話は後で」 オスマン氏が咳払いをして、ミスタ・コルベールを制する。 「す、すいませんオールド・オスマン…君、後でその事を詳しく話してくれないかね?」 「ええ、かまいません」 「ま、それはそれとしてじゃ…君の世界では、人は皆あのような姿になれるのかね?」 「………いいえ」 首を振ってオスマン氏の言葉を否定する育郎。 「僕自身この『力』のことは良く分からないんです…」 「ふむ、と言うと?」 「話すと長くなります…」 そう前置きして、育郎は己の身に降りかかった出来事を話し始めた。 ただの学生だった自分は、家族と一緒に出かけているときに事故に会った。 目を覚ました時、そこは病院ではなく、見知らぬ場所で、一人の少女が傍らにいた。 少女の話により自分が『ドレス』という組織に捕らえられ…… おそらくその時、『ドレス』が自分にあの『力』を……… 逃げる自分達に『ドレス』の殺し屋達が命を狙ってやってきた。 何度も死にそうになるたびに、意識を失い、知らないうちにあの姿になっていて、 殺し屋達を逆に撃退していったらしい。 そして…一緒に逃げていた少女が『ドレス』に捕まり、自分は少女を助ける為に、 この『力』を自分の意思で操り『ドレス』に戦いを挑んだと。 「…スミレを逃がした後、僕は『ドレス』の研究所の自爆に巻き込まれたはずでした。 けど、気がついたらこの世界に召喚されていたんです」 育郎が全てを話し終わると、学院長室は重い沈黙に包まれた。 そんな中、オスマン氏が搾り出すように声を発する。 「………にわかには信じられん話じゃの」 「はい………」 育郎自身こんな話、簡単に信じてもらえるとは思っていない。 「じゃがの…少なくともワシは信じるよ」 「………え?」 「会ったばかりで変な話じゃが…ワシは君という人間は信頼に値する人間だと、 そう感じるんじゃよ。少なくとも、君がこんな嘘を言う人間だとはとても思えん…」 「おじいさん…」 「だからの、少なくともワシだけは君のいう事を信じよう!」 力強く、トリスティン魔法学院の学院長であるオールド・オスマンは言い切る。 「わ、私も信じます!」 オスマン氏の隣に立つ、コルベールがそう叫ぶ。見れば目が潤んでいた。 「き、君…辛かっただろうに……わ、私に出来る事があれば何でも言ってくれ!」 ミス・ロングビル育郎の手をとり、 「イクロー君…困ったことがあったら何でも相談してくださいね…」 優しい声でそう告げる。 「ありがとうございます…でも、僕はここにいるわけには…」 「な、なんで!?」 今までうつむいて育郎の話を聞いていたルイズが、顔を上げて育郎を見る。 「ワシらに迷惑をかけたくない、そう言いたいんじゃな?」 「はい………」 オスマン氏の言葉に頷く育郎。 「ど、どういう事なのよ?さっき剣も似たようなこと言ってたけど…」 途惑うルイズに、オスマン氏が続ける。 「彼はこの世界にも『ドレス』のように、彼を狙う者たちがいるのではないかと 危惧しておるのじゃよ。そして、それは間違ってはおらん…… 事実この国にもそんな組織はある。君にも心当たりはあるじゃろう?」 「…………はい」 王立魔法研究所、アカデミーと呼ばれる、自分の姉も勤めるあの機関に知られれば、 育郎を実験動物にしようと躍起になるだろう。 「でも、それならなおの事、私達の傍にいたほうが…」 オスマン氏がため息をついて答える。 「彼はな…それによってワシらに迷惑がかかる事を心配しとるんじゃよ 先程の話の中にいた、さらわれてしまった少女のようにな…」 オスマン氏の言葉にルイズは押し黙り、再び部屋に重苦しい空気が流れる。 「ま、いざとなれば『ドレス』っちゅうのと同じように少年がアカデミーを 壊滅させるかもしれんがの………なんつって!」 「………」 「………」 「………」 「いや、その…場を和ませようかと…ごめんなさい…」 『洒落になってねーよジジイ』という視線を受けて気まずそうにするオスマン氏。 「まあ、それはそれとしてじゃ。少年よ、そのようなことを気に病む必要は無い」 「ですが…」 「なに、仮にもワシは王立魔法学院の学院長じゃぞ? 宮廷連中がとやかく言おうが、ワシがなんとかして見せるわい!」 「おお、さすが学院長!」 「見直しましたわ、オールド・オスマン!」 「そうじゃろそうじゃろ!」 褒められて調子に乗ったオスマンはミス・ロングビルの尻を豪快に撫で回す。 「見下げ果てましたわ、オールド・オスマン…」 「学院長………」 とりあえず膝蹴りを叩き込むミス・ロングビルであった。
https://w.atwiki.jp/sansenkoteretuden/pages/9.html
ゼロセンチ先生は学会系企業に勤めております。 http //twitter.com/#!/Mr_0cm